今は技術進歩して、より複雑になってきたために、革新していけるような技術開発や発明が
難しくなったように思えます。そのため、ヒット商品も少なく、景気も低迷気味です。
昔のような飛躍した経済成長もしづらく、活気がない状況にあると思います。
そのようになったのも、大まかな技術がある程度のところまでたどり着き、
細分化され、さらに複雑化されたため、総合して開発は困難になってきているように思えます。
しかし、それだけ細分化されれば、それぞれの技術開発に携わる人も減るわけです。
それぞれの分野で人が減れば、技術開発するきかっけや気づくことが少なくなるでしょう。
漠然と考えると、確かに技術開発は難しいと思ってしまいますが
まだまだ、技術開発に必要な隠されたヒントやきっかけが気づかないだけで
たくさん眠っていると思えば、この混沌としてしまった技術躍進を
打開していけるのかもしれません。
そのように考え、チャンスはまだまだあると思いたいのです。
ベンチャー企業のような精神をもつことが、難しいのも現実でしょうが
どんな大企業もちょっとしたきっかけが得られたから成長していけたのだと思います。
それを、見いだせれば、このような時代でも飛躍していけるのかと思います。
2016年4月13日水曜日
2016年4月11日月曜日
時代は変わる
景気の良い時代はものにあふれ、誰もがこぞって買い求めました。
しかし、そんな時代でもそんな時代が続くとことを当たり前のように思えるため
決して、無駄な買い物はしていないはずです。
将来性を見越して物を買い求めるのはいつの時代でも同じだとは思うのです。
しかし、数十年くらい立つと、時代背景によっては無駄なものや不要となるものが
なぜか出てきてしまいます。
今、この時代はエコロジーな社会でもあり、高度経済成長期や好景気だったころとは
正反対の時代や風潮が見られるように思えます。
質素、倹約な節約志向が正義であるような世の中にもなりました。
そうした中、それに応じて、節電を売りにした製品やコスト削減された製品が
目立つようになりました。
それらも、やはり将来を見通しての、購入をたいはんの方はしていると思います。
景気が良くならず、また、先行き不透明な時代であるからこそ、そういった
安く、簡素化された製品を求めがちです。
これを一つの時代背景として考えると、いつかそんな時代も変わる時が来るとすれば
これらのものや製品は無駄になるのかもしれないと思うのです。
流行り、廃りではなく、時代の流れのよって派生したものになるものかもしれませんし、
そのようなものが世にたくさんあることだと思います。
いくら、このようなライト生き方をせざるおえない時代であっても、
それが将来性があることとは限らないことを肝に銘じておく必要はあるかと思います。
安ければ良いような世の風潮に流されないで、
それを見極め判断し、価値のあるものやことを得ることが大事であるかと思います。
そこに無駄のないライトな生き方はあるかと思えます。
しかし、そんな時代でもそんな時代が続くとことを当たり前のように思えるため
決して、無駄な買い物はしていないはずです。
将来性を見越して物を買い求めるのはいつの時代でも同じだとは思うのです。
しかし、数十年くらい立つと、時代背景によっては無駄なものや不要となるものが
なぜか出てきてしまいます。
今、この時代はエコロジーな社会でもあり、高度経済成長期や好景気だったころとは
正反対の時代や風潮が見られるように思えます。
質素、倹約な節約志向が正義であるような世の中にもなりました。
そうした中、それに応じて、節電を売りにした製品やコスト削減された製品が
目立つようになりました。
それらも、やはり将来を見通しての、購入をたいはんの方はしていると思います。
景気が良くならず、また、先行き不透明な時代であるからこそ、そういった
安く、簡素化された製品を求めがちです。
これを一つの時代背景として考えると、いつかそんな時代も変わる時が来るとすれば
これらのものや製品は無駄になるのかもしれないと思うのです。
流行り、廃りではなく、時代の流れのよって派生したものになるものかもしれませんし、
そのようなものが世にたくさんあることだと思います。
いくら、このようなライト生き方をせざるおえない時代であっても、
それが将来性があることとは限らないことを肝に銘じておく必要はあるかと思います。
安ければ良いような世の風潮に流されないで、
それを見極め判断し、価値のあるものやことを得ることが大事であるかと思います。
そこに無駄のないライトな生き方はあるかと思えます。
2016年4月7日木曜日
ライトな生き方
ブログタイトルにもありますが、今、この時代において
エコや省エネルギーが迫られるようになったことで、ライトな生き方を余儀なくされています。
高度経済成長期や資源や石油を惜しみなく使っていた少し前からすれば、
その恩恵がないことで活気がなくなったととらえることもできるでしょう。
それが、当たり前の世の中なってきたことで、それがクールでもあり、美的にも映ったりします。
果たしてそれは、心から思えることでしょうか。
そのように思えるのは、ただの錯覚にすぎないのかもしれません。
それは、これまで築き上げたバックグラウンドが大きいだけで、
全面的に、表立ってないことがライトさを強調しているだけな感じもするのです。
実際、いくら淡く、軽快なことやものが良いと思っていても
労力やコスト、高エネルギーのかかったことやものの目の前にすれば
その価値は一瞬に崩れさることでしょう。
それに気づいていないだけなのです。
また、そのバックグラウンドを築くには大きな労力がかかることを忘れてはならないことです。
ライトな生き方ありきではならないといううわけです。
しかし、そのようにしていくことが難しくなった現在、いったいどのようにすれば
活力や活気に満ちた時代を取り戻せるのはわかりませんが、
確かに、無駄をなくし省エネルギーにすることの意義はあるでしょう。
大事なのは、切り口な感じもするのです。
エコや省エネルギーが迫られるようになったことで、ライトな生き方を余儀なくされています。
高度経済成長期や資源や石油を惜しみなく使っていた少し前からすれば、
その恩恵がないことで活気がなくなったととらえることもできるでしょう。
それが、当たり前の世の中なってきたことで、それがクールでもあり、美的にも映ったりします。
果たしてそれは、心から思えることでしょうか。
そのように思えるのは、ただの錯覚にすぎないのかもしれません。
それは、これまで築き上げたバックグラウンドが大きいだけで、
全面的に、表立ってないことがライトさを強調しているだけな感じもするのです。
実際、いくら淡く、軽快なことやものが良いと思っていても
労力やコスト、高エネルギーのかかったことやものの目の前にすれば
その価値は一瞬に崩れさることでしょう。
それに気づいていないだけなのです。
また、そのバックグラウンドを築くには大きな労力がかかることを忘れてはならないことです。
ライトな生き方ありきではならないといううわけです。
しかし、そのようにしていくことが難しくなった現在、いったいどのようにすれば
活力や活気に満ちた時代を取り戻せるのはわかりませんが、
確かに、無駄をなくし省エネルギーにすることの意義はあるでしょう。
大事なのは、切り口な感じもするのです。
2016年4月2日土曜日
筋トレは自己満足程度?
たまに筋力トレーニングをしたりします。
今まで、自重トレーニングやマシントレーニング、ダンベルトレーニング、バーベルトレーニングを
したり、しなかったりと気の向いた時だけしているくらいです。
そんなこともあってか、少し実感するくらいの筋力アップになってはいます。
まあ、どちらかと言えば、筋肉肥大やマッチョマンになることを目的にしてはおらず、
体脂肪や体重の減量を目的とした筋トレです。
時間もあまりかけずに、短時間で3セットぐらいしたりしますが、インターバルなども
正確にしているわけでもなく、結局疲れるため、時間がかかってしまいます。
そんなこんなで、筋力トレーニングはしてきました。
自重トレーニングはそれほどきつくなく、筋力アップにはそれほどならないように思えます。
マシントレーニングは決まった部分鍛えるため、鍛える筋肉のバランスが悪いです。
ダンベルトレーニングは正しいフォームが取りづらく、成果が上がりづらいです。
そこで、ダンベルトレーニングに行き着きましたが
バーベルトレーニングは出来ることが限られてきたり、プレートの取り外しもあり
デッドリフトぐらいしかしようがありません。
そして、春になり最近、今までほとんどしたこともなかった、畑を鍬で耕しました。
けっこう疲れましたが、筋トレしていることへの自負もありましたし、簡単にしていました。
が、次の日、筋トレではまず起こらない、筋肉痛になってしまいました。
今までの筋トレしてきた自尊心が覆されたようです。
デッドリフトで鍛えられるはずのハムストリングあたりの筋肉が心地よいくらいの
筋肉痛でもあるのです。
結局のところ、日々の筋トレは体力維持くらいにしかなっていなかったのです。
趣味でする筋トレでは得られない筋肉を鍛えられたり、
過酷な精神にも甘さが出てしまう筋トレでは、労働など過酷な環境で鍛えられることとは
別なものだとわかりました。
しかし、筋トレがまったく無駄ではないでしょう。
筋肉は維持するも大変な組織であることの認識しておくことも大事でしょう。
今まで、自重トレーニングやマシントレーニング、ダンベルトレーニング、バーベルトレーニングを
したり、しなかったりと気の向いた時だけしているくらいです。
そんなこともあってか、少し実感するくらいの筋力アップになってはいます。
まあ、どちらかと言えば、筋肉肥大やマッチョマンになることを目的にしてはおらず、
体脂肪や体重の減量を目的とした筋トレです。
時間もあまりかけずに、短時間で3セットぐらいしたりしますが、インターバルなども
正確にしているわけでもなく、結局疲れるため、時間がかかってしまいます。
そんなこんなで、筋力トレーニングはしてきました。
自重トレーニングはそれほどきつくなく、筋力アップにはそれほどならないように思えます。
マシントレーニングは決まった部分鍛えるため、鍛える筋肉のバランスが悪いです。
ダンベルトレーニングは正しいフォームが取りづらく、成果が上がりづらいです。
そこで、ダンベルトレーニングに行き着きましたが
バーベルトレーニングは出来ることが限られてきたり、プレートの取り外しもあり
デッドリフトぐらいしかしようがありません。
そして、春になり最近、今までほとんどしたこともなかった、畑を鍬で耕しました。
けっこう疲れましたが、筋トレしていることへの自負もありましたし、簡単にしていました。
が、次の日、筋トレではまず起こらない、筋肉痛になってしまいました。
今までの筋トレしてきた自尊心が覆されたようです。
デッドリフトで鍛えられるはずのハムストリングあたりの筋肉が心地よいくらいの
筋肉痛でもあるのです。
結局のところ、日々の筋トレは体力維持くらいにしかなっていなかったのです。
趣味でする筋トレでは得られない筋肉を鍛えられたり、
過酷な精神にも甘さが出てしまう筋トレでは、労働など過酷な環境で鍛えられることとは
別なものだとわかりました。
しかし、筋トレがまったく無駄ではないでしょう。
筋肉は維持するも大変な組織であることの認識しておくことも大事でしょう。
2016年3月31日木曜日
日本も変わる時が来た
日本経済は戦後の高度経済成長期を経て経済大国へとなりました。
その多くは製造業であり、工業立国と言えるほどです。
しかし、かつて三種の神器とまで言われたテレビ、冷蔵庫、洗濯機をはじめとする
家電、電化製品を買い求める動きは昔ほどではなくなったようです。
そのため、電機関連において景気は低迷状態が続いています。
こうなってしまったのも、安い賃金での労働してくれる海外に生産拠点を置き、
外注で生産する現在のスタイルが出来上がりました。
そのため、海外へ技術流出は免れられなかったわけです。
そして、製品の成熟度や完成度が上がるまでは良いものの
その後開発が思わしくなくなると、ものは思うように売れず、
生産拠点も国内に戻せなくなるどころか、海外の技術レベルも上がり、
国産はコスト面でも太刀打ちできなくなってきたと見えます。
例に、日立のテレビからはじまり、現在の東芝やシャープの
海外企業への買収までなってしまいました。
また、ホワイトカラーの職に憧れる面もあり、そのようになってしまったことは
当然の結果とも言えるでしょう。
しかも、ここにきて人工知能開発により職がとって変えられるようのもなりつつあります。
こういう時だからこそというよりも、このような時代でも
どろくさく生きなければならないのは、新しい時代を迎えるため試行錯誤しなければならない
使命であり、世の常でもあるでしょう。
その多くは製造業であり、工業立国と言えるほどです。
しかし、かつて三種の神器とまで言われたテレビ、冷蔵庫、洗濯機をはじめとする
家電、電化製品を買い求める動きは昔ほどではなくなったようです。
そのため、電機関連において景気は低迷状態が続いています。
こうなってしまったのも、安い賃金での労働してくれる海外に生産拠点を置き、
外注で生産する現在のスタイルが出来上がりました。
そのため、海外へ技術流出は免れられなかったわけです。
そして、製品の成熟度や完成度が上がるまでは良いものの
その後開発が思わしくなくなると、ものは思うように売れず、
生産拠点も国内に戻せなくなるどころか、海外の技術レベルも上がり、
国産はコスト面でも太刀打ちできなくなってきたと見えます。
例に、日立のテレビからはじまり、現在の東芝やシャープの
海外企業への買収までなってしまいました。
また、ホワイトカラーの職に憧れる面もあり、そのようになってしまったことは
当然の結果とも言えるでしょう。
しかも、ここにきて人工知能開発により職がとって変えられるようのもなりつつあります。
こういう時だからこそというよりも、このような時代でも
どろくさく生きなければならないのは、新しい時代を迎えるため試行錯誤しなければならない
使命であり、世の常でもあるでしょう。
2016年3月27日日曜日
現実とは
ニュースになるのは、悲観的な話題や暗い話題やがほとんどです。
また、ドラマや映画は大抵パッピーエンドです。
しかし、現実はニュースのような悲劇ばかりでもなく、映画のような感動ばかりではありません。
ニュースになるようなことが現実で、映画が理想のように考えがちです。
それでは、いわゆる、理想と現実のギャップが出てしまいます。
また、それが問題の原因やきっかけになったり、感情を動かすのでしょう。
非現実なものに慣れすぎてしまっているようで
情報にとらわれすぎているようにも思えます。
実際のところはちょうど、その中間が現実なのかもしれません。
いや、もっと虚無的でもあれるのかもしれません。
そのように考えると、日々、平凡な暮らしをすることが難しくもあり、簡単でもあります。
もっと単純であるよりは、活を求めるような生き方をしなくとも
十分、満ち足りた生き方もできる世の中でもあるかとも思えるのです。
豪遊することが幸せとは限りません。
そこに、幸せがあるのかもしれないと思うのです。
また、ドラマや映画は大抵パッピーエンドです。
しかし、現実はニュースのような悲劇ばかりでもなく、映画のような感動ばかりではありません。
ニュースになるようなことが現実で、映画が理想のように考えがちです。
それでは、いわゆる、理想と現実のギャップが出てしまいます。
また、それが問題の原因やきっかけになったり、感情を動かすのでしょう。
非現実なものに慣れすぎてしまっているようで
情報にとらわれすぎているようにも思えます。
実際のところはちょうど、その中間が現実なのかもしれません。
いや、もっと虚無的でもあれるのかもしれません。
そのように考えると、日々、平凡な暮らしをすることが難しくもあり、簡単でもあります。
もっと単純であるよりは、活を求めるような生き方をしなくとも
十分、満ち足りた生き方もできる世の中でもあるかとも思えるのです。
豪遊することが幸せとは限りません。
そこに、幸せがあるのかもしれないと思うのです。
2016年3月23日水曜日
電池がないと意味がない
スマホや携帯は特に、電子機器というものは電池がないと使い物にならなくなる
持っていても荷物になり得るものであります。
よく、スマホの電池の消耗が早く、その手立てに試行錯誤しているのではないでしょうか。
動画を見たりやよく電話する方には電池の容量は確かに足りないのかもしれません。
そのような使い方なら、充電したり節電することでしのげます。
しかし、緊急時や災害時に電池切れでまったく使い物にならなくなるのは
いかがなものかと思うのです。そういう時こそ、スマホや携帯は利便性があるべきかと思います。。
予備の電池を買ったり、乾電池などで補いますが
それだっていつかは電池切れになってしまいます。
太陽光パネル装備されたスマホがあったり、なかったりしますが
その手のものは、フル充電を期待してしまいますので、コストがかかるだけで
売れる商品までにはならず、結局普及しません。
そこで、フル充電出来なくとも、何分かしたら使えるようになるくらいのソーラーパネルとして
ついていれば、いつ何時電池切れや充電設備がなくても最悪な事態は免れます。
現代社会において、昔のような生き方をするにはすでに多くの電子機器や機械に
頼りきって暮らしているわけで、リスクを減らせるのもその電子機器や機械であるでしょう。
エコな時代であれば、少しずつでもエネルギーや電気にしていくことが
エコであるということではないでしょうか。
持っていても荷物になり得るものであります。
よく、スマホの電池の消耗が早く、その手立てに試行錯誤しているのではないでしょうか。
動画を見たりやよく電話する方には電池の容量は確かに足りないのかもしれません。
そのような使い方なら、充電したり節電することでしのげます。
しかし、緊急時や災害時に電池切れでまったく使い物にならなくなるのは
いかがなものかと思うのです。そういう時こそ、スマホや携帯は利便性があるべきかと思います。。
予備の電池を買ったり、乾電池などで補いますが
それだっていつかは電池切れになってしまいます。
太陽光パネル装備されたスマホがあったり、なかったりしますが
その手のものは、フル充電を期待してしまいますので、コストがかかるだけで
売れる商品までにはならず、結局普及しません。
そこで、フル充電出来なくとも、何分かしたら使えるようになるくらいのソーラーパネルとして
ついていれば、いつ何時電池切れや充電設備がなくても最悪な事態は免れます。
現代社会において、昔のような生き方をするにはすでに多くの電子機器や機械に
頼りきって暮らしているわけで、リスクを減らせるのもその電子機器や機械であるでしょう。
エコな時代であれば、少しずつでもエネルギーや電気にしていくことが
エコであるということではないでしょうか。
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